最後には死というその空間が待っているけど素晴らしい人生。

名言

人生は素晴らしいが、人生の終わりは死である。 これは、いかなる人の望みの究極でもある。

いよいよ7月も終わろうとしている。

待った夏はなかなか来なかったけど蝉の一斉の鳴き声で感じる暑い季節。

今年は長い梅雨で気も滅入ったけど自然には絶対に逆らえないもんね。

この大地は今厳しさの変化に変わろうとしている。

100年後の世界はどういう風になっているだろう。

穏やかに生活できているといいけどね。



人生は素晴らしいが人生の終わりは死であるという。

最後は死を迎えることが分かって生きている人という生きもの。

 

考えれば凄いことだ。

ネコでも犬でもいつか死ぬことを理解しながら生きてはいないもんね。

その時が来たら自然にだもの。

まさに今しか生きていない他の生き物達。

 

そこが違う人間という生きものは。

生まれてきて約80年ほどのこの大地からすれば僅かの命。

いつかは死ぬことは心得ていても

夢や出逢いに向かって突き進む。

 

例え生きている環境が厳しくても貧しくても人はお互い笑う。

泣くのは自身一人になった時。

相手を暖かくさせる想いの力がある。

 

みな子供の時から大きくなったら〇〇になりたいと夢を抱き

その夢に向かって勉強して知識増やしながら行動開始する。

 

一直線に夢が叶う人間も僅かにいるけど

多くは

いろんな目の前の道を選びながら手探りしながら自身の生きる道を模索する。

だけど

この数十年の暇つぶしの旅はどっちだってかまわないはず。

自身がどう正直に生きたかが一番大切なことなのだから。



毎日 毎日 雨が降っても 風が強くても 寒くても 暑くても疲れていても 365日 それを約80年も 朝昼夕晩と 生きていく。

凄すぎる奇跡の連続のこの与えられた生命。

この体では細い血管では太さはわずか直径0・01ミリほど。

意識もしないのに全身くまなく酸素や栄養を送り届けてくれ生かしてくれている。

歩くだけでなく 走ったり ジャンプしたり 普通の様にできるこの体。

これだけで

生きているだけで素晴らしいのに

自身のために業をしているようでも社会貢献となっている。

 

食材一つでも誰かが育てなければ食べられないもの。

そうやって毎日生きて

そんなに豊かでなくても

自身に正直に生きていれば幸せを感じる日もある人生。

今を何か楽しめる生活がある。

最後には死というその空間が待っているけど素晴らしい人生。



だれかが言っていたけど

この大地の上での生きものにとって

最後のご褒美は死があることだと。

 

生きて 生きぬいて 最後のご褒美は すべて忘れられることの自由が待っていると。

だから

この世の息旅は

結果なんて恐れることなく

くよくよせずに

生き抜くことこそが一番なのかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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