みな一秒でもこの鼓動は止まることなく全身に血潮巡らし生かされている。

名言

死者にたいする最高の手向けは、悲しみではなく感謝だ。

土曜の休みの朝は早くから窓を開けると一斉の蝉声。

オスが一斉にメスに求愛鳴き。

自然は ままに 動いている。

人間はどうだろう。

今やコロナに意のままに征服されているよう。

コロナが人間を動かしているようにも思える。

自分達の勢力拡大のために人間を利用する。

家でじっとさせておかないようにしびれを切らせるように密集させる。

マスク外して15分の会話で密集。

自覚が無い人間を多くし動かし感染拡大させているコロナ。

コロナが喜び人間の根負け状態なのかと。



身近な人が亡くなった。

TVのニュースでは有名人も訃報も聞く。

知っている人が

人がこの大地から消えるというのは悲しみ以外にない。

 

この大地に今を生きる全員の人も今から100年とは生きれないのは理解しているのに別れはいつも悲しいもの。

時々その人との関係で自身を知り安心しているもの。

そういうみえない絆がこころにある。

 

いきなりその人が

目の前から消えたとすれば

 

自身のなかでの糸の繋がりが深く絡んでしまう。

といてもといてもから結び。

絶望的ともなりこの生きものの宿命を恨んだりする。

 

この世から消えるとはどういうことか。

 

みな一秒でもこの鼓動は止まることなく全身に血潮巡らし生かされている。

 

この世はその与えられた時間を旅しているようなもの。

その与えられた時間が来た時

最後の空間ではいろんな生きてきた想いの中での整理をし逝くんだろう。

普通は自然に。

 

でも
突然に自殺かと事故とかで無くなられる人もいる。

いつまでもこころに残るもんねいろんな想いで別れも送れなくて。

 

でも

人は最後にどう亡くなったかではなく

その人がどう生きたかだと思う。

 

この人間という喜怒哀楽の感情を持ち理性で整え過去現在未来を想いながら生きる生き物は繊細。



そういう繊細な生きものがこの大地に奇跡的に生まれ

環境にもがき自身作りの旅をするのだから喜びより耐えの方が多いのも事実。

1人で生まれてきて一人で最後は死んでいく。

そのなかで生きぬく ままに人として。

 

そんな生き様をみなが日々作っている。

みな今日も今を生かされ生きている事実。

 

自身もいつかはその与えられた期限が来たなら旅立つもの。

 

やはり亡くなった方には悲しみより感謝しかない。

この世で会えたことに感謝。

同じこの時代を生きた人として感謝の別れ。

 

生きるというのはこの社会は大変だけど

まわりの大空 大地 自然に意識を取り込めば

生かされているだけで素晴らしさを感じるものかと。

今日も生かされていると。

 

 

テキストのコピーはできません。